開講式

朝9時過ぎから、法人側、大学側との打ち合わせの会があった。

外国語センター教授主任のA先生が、今日は完全にお仕事スイッチが入っていて格好いいのだが、彼女の司会で、

1.大学の説明、紹介
2.今回のプロジェクトに対する大学側の所信表明
3.努くん受け入れに関する、大学側の経過報告と方針
4.日本語プログラムの準備経過と今後の予定
5.介護教育プログラムの打ち合わせ

などなどが行われた。

僕に関して言えば、A先生は「先生は非常に真面目で、朝9時前から夕方16時すぎまでオフィスでお仕事をされています。昨日は本屋にお連れしましたが、辞書や日本語の教材を買っていました。恐らく学生のためにお使いになるのだと思います。」などなど、僕の表向きな聖人君子ぶりを紹介してくれた。

今回のプロジェクトの責任者であるK先生に至っては「このような優秀な先生を派遣して頂き〜」や、やめて、こそばゆいから(笑)みんな、本音で仕事しよ〜よぅ。

ところが、A先生が「女性ばかり5人の職場に、男性の先生が入ってきてくださって、みんな喜んでいます。しかし、皆家庭がありますので、先生には残念なことかと思います」なんて言い出したから、さぁ大変。

挙げ句の果てに校長までもが「まだ独身だとお聞きして驚いています。外国語の先生はみな結婚していますが、他の科の教員や、学生でも…」って、、、(笑)

ま、場が和んで良かったと思っておきます。

午後の開講式の段取りを確認して、大学内の見学の後、昨夜も行ったベトナム料理のお店で昼食会となる。

K先生、事務局長、通訳嬢、僕は学校に戻り、実務的な打ち合わせ。今後の学校の休日など行事日程、国の休日などを勘案して授業日程などを確認。施設面の不備に関して詫びが入るが、僕は「学校にある施設、設備、道具を使いますから」とだけ話す。

開講式まで時間があるので、珈琲を飲みに行く。
ダナン人の気質など、参考になる話を聞けて良かった。地理的には中部なんだけど、モノの考えは完全に南みたいですね。と言うことは、ハノイがなんチャラって、あまり言わない方が良いな、学生に対しては。もちろん、大学側には北の話を合わせて方が良いわけですがね。その辺が、この国の難しいところですね。

さて、一旦部屋に戻って着替えてネクタイ締める。
15時、クーラーがガンガンに効いた部屋で開講式スタート。


アオザイに着替えたA先生が司会。



まずは、学生代表の余興であるカラオケ披露からスタート。後ろの席の通訳嬢が、「恋の歌を歌っていますが、最近の歌のようでわかりません」と説明してくれる。宴会じゃないんだからと思うけど、ベトナムの学校関係での公式行事では、このような場を和ますプログラムからスタートすることが多い。


そして、日本側の来賓&僕の紹介、大学側の主要人物の紹介の後、ベトナム国家斉唱。日本の法人側を代表してK顧問、越南側を代表して校長のスピーチと続く。

実務者レベルの挨拶として、事務局長とK先生より、僕の紹介と今回の経過説明と今後の展望。優秀な学生は日本の介護施設で研修を受けることが出来る。更に、日越EPA交渉の経過次第で、EPAによる介護福祉士候補者として、ベトナムからの最初の派遣者になる可能性もあると説明を受けると、学生たちから歓声(というか、どよめき)があがった。


緊張気味の学生代表の挨拶に続いて、司会のA先生から「それでは、J先生のお話しを聴きましょう」

全然、緊張も何もしてなかったんですよ。ただ、ベトナム語のスピーチがウケナカッタときに困ると言う不安だけ。

演壇のマイクを通訳嬢に押しやり、通訳用のハンドマイクを持ってわざと前に出る。いきなり日本語で、しかも、日本の高校で授業するときのような口調で、話し出す。

「みなさん、こんにちは。私はJ*** 努です。名字がJ、名前が努です。日本語の教師です。日本の東京から来ました。今年で44歳になりました。残念ながら、まだ結婚していません。ベトナムに来るのは、今回で18回目です。しかし、ベトナム語は少ししか話せません。英語を話すことも出来ません。でも、日本語なら、とても良く話すことが出来ますし、教えることもできます。これから1年間、一緒に日本語を勉強しましょう。よろしくお願いします」

ま、こんな感じ。

話している最中に校長先生は「早く通訳しろ」と通訳嬢に合図を送っているが、ここで通訳されても困る。でも、彼女は知らん顔をしている。いいぞ、この阿吽の呼吸、、、、、と思った瞬間だった。

ハノイにいる友人、秘書のTさんが隣にいてくれたらなと、思っちゃった。
そして、目の前にいる学生たちの顔に、日本にいる、またベトナムにいる教え子たち、ベトナム人看護師たちの顔が、だぶって頭に浮かんでしまったから、さあ大変。
一瞬、頭が真っ白になった。でも、飛んだ意志とは関係なく、口からは次の言葉が勝手に出て行く。そう、この後のベトナム語の一言がなければ、このスピーチは失敗に終わるのだ。

"Cac Anh,Chi co hieu tieng Nhat khong?"【発声符号省略、以下同】 (みなさん、日本語がわかりましたか?)

我ながら、発音は完璧だったと思う。学生たちから、ほ〜っと言う感じの、感嘆というか、歓声というか、驚きのような声が上がった。
この作戦を知っているA先生から、「成功!」って感じの笑みと視線が送られてきた。

"Xin Chao. Toi ten la J***** Tsutomu. Toi ho J, ten la T. Toi la giao vien tieng Nhat. Toi tu TOKYO, Nhat Ban den. Nam nay toi duoc 44 tuoi. Toi chua ket hon."

「今年で44歳になりました。まだ結婚していません」まで来たときに、学生たちから「え〜」と言う感じの声が上がった。その瞬間、ふと我に返ってしまった。そして、Tさんの顔が浮かんだ。そして、またグチャグチャになった。

なんとか最後まで話し終えると、通訳嬢が改めてベトナム語で通訳し、最後に「私のベトナム語の発音は分かりましたか?」と洒落を効かせてくれて、小さな笑いと拍手が起こった。

閉会後、彼女曰く「も〜、結婚していませんまでは完璧だったのに(笑)最後まで普通に話した後に、私がもう一度話して、私の発音はどうですか?って聴いたら、絶対大受けすると思ったんです(笑)」

さすが、日本留学12年だね。きちんと打ち合わせをした訳じゃない。ベトナム語の原稿を見せて、「日本語で一気に話すから、最初は訳さないでね。その後、ベトナム語で"Cac Anh,Chi co hieu〜" って言ってから、この原稿を読むから。その他はアドリブで。」コレしか話していなかった。

彼女に助けてもらった。
A先生の笑顔に救われた。
閉会後の、頭を下げて挨拶してくれた学生たちの笑顔が嬉しかった。